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認知症の進行を食い止めるために

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「最後の2週間の親孝行」軽度認知障害(MCI)介護体験談

警察に電話をして「預金通帳が盗まれました」

主人の定年をきっかけに、主人と私は、私の父が一人暮らしをする家で同居することにしました。 同居を決意した理由は、主人が父の農業を継ぎたいと言ったから。そんな主人を父は温かく迎え入れ、以来、畑を主人へ譲りました。私も父に親孝行ができたと、当初はとても安堵していました。

ところが、そんな円満な生活は2~3年しか続きませんでした。父が軽度認知障害(MCI)を発症してしまったのです。やがて認知障害が悪化し、「もの盗られ妄想」「被害妄想」が激しくなっていきました。補聴器を盗まれた、車の鍵を盗まれた、薬に毒を入れられているなどと言い、時には声を荒げて私たち夫婦を疑うことも。挙句の果てには、預金通帳が盗まれたと言って、自分で警察に連絡していたこともありました。

認知症が悪化した93歳の父を一人置いて家を出られない

明らかに認知症の症状と判断した私は、信頼している主治医に認知症の薬を処方してもらいました。 すると父は自分で薬のことを調べたらしく、「俺を認知症にするつもりか!」と怒り出す始末。結局、薬を飲むことは一度もありませんでした。

症状が悪化の一途をたどる中で、ある日、父が私たち夫婦に「保険証を返せ!」と迫ってきました。これに対し、私はがまんできずに大声で抗議。おとなしい主人も遂に堪忍袋の緒が切れて、父に向けて怒鳴りました。

この一件がきっかけで、父は私たち夫婦に「出ていけ!」と宣告。出ていくことにやぶさかではない私たちでしたが、認知症が悪化した93歳の父を一人置いて家を出るわけにもいきません。どうすべきか二人で悩んでいました。

私たち夫婦の心の変化

職場の先輩に悩みを相談したところ、紹介してもらったのが家族会。私たちと同じように、介護の悩みを抱えている家族たちの集いでした。

さっそく会に参加し「出ていけ!」の件を相談。すると「お父様の言うように、一度距離を置いてみては?」と、意外な助言をいただきました。 背中を押してもらったような気持ちになり、この相談を機に私たち夫婦は、父との別居を決めました。

父と別居したことで、私たち夫婦にも気持ちに余裕が生まれ、父のことや私たちのことを、客観的に見る目が生れたと思います。

やがて主人が「お父さんが頑張って土地を守り続けてきてくれたから、俺も今、その土地で農業をやることができている。お父さんのおかげで、俺たちは豊かな老後を送れているんだ」と考えるようになりました。そして私も、同じような気持ちになりました。

その年の秋、父の畑で収穫した野菜を持ち、久しぶりに夫婦で父を訪ねました。父は主人が作った野菜を手に「見事な出来栄えだ」と夫の努力をたたえ、改めて同居しないかと提案してきました。 しかし、別居前に比べ、さらに「もの盗られ妄想」「被害妄想」が悪化したと思われる証拠を家の随所に発見。とても同居を決断することはできませんでした。

以後、父に毎日電話をして、こちらの予定を伝えることが習慣化。同居はしませんでしたが、親子の縁は復活した格好でした。

久しぶりに父と2週間だけの同居

昨年10月、父が体調を崩して入院。入院中「家に帰る」と言い続けるため、仕方なしに、私たち夫婦とともに父は家に戻りました。

久しぶりの父との同居。父と同居しながら、夫婦での介護生活が始まりました。しかし2週間後、父は眠るように他界。私たち夫婦との同居生活に戻れたことに、父は安心して力が抜けたのかも知れません。

2週間の同居は最後の親孝行だったと信じ、前を向いて歩いて行こうと思います。

認知症を患っている患者さんは、ふと、脳の機能が一時的に回復する瞬間があります。お父様もきっと、そんな瞬間が何度もあったことでしょう。 表現はできなくても、ご主人への感謝と奥様(娘さん)への愛情を、脳のどこかに残したまま逝ったに違いありません。お父様にとっては、かけがえのない2週間だったのではないでしょうか。

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